学びの内容

ツジカワ ケイコ

辻川 慶子 教授(学科長)

専門分野

19世紀フランス文学、特にジェラール・ド・ネルヴァルの作品を研究しています。
博士論文では、19世紀の歴史、宗教、社会思想を視野に入れつつも、『幻視者たち』という作品に焦点を絞り、ネルヴァルの歴史意識について考察を行いました。歴史家ではない一人の詩人がいかに歴史を捉えているのか、一見歴史を描いたとは思えない作品にこそ同時代の歴史記述を解体するような批判的まなざしが見られるのではないか。このような観点から『幻視者たち』の精密な読解を試みました。現在は、歴史記述や証言の問題に加えて、ロマン主義の諸問題、引用や借用という「書き直し(リライト・レクリチュール)」の形式、大衆文化とメディアの問題にも関心を持っています。ネルヴァルにおける過去は、——諸神話の起源の探求であれ、書物や伝説に残された言葉の収集であれ——、遠く離れ、生命の枯渇した遺物としてではなく、いつでも蘇りうる生命を帯びたものとして現れるように思われます。ネルヴァルが現在に生きる過去の記憶をいかに作品に留めようとしているのか、今後も考えていきたいと思います。

 

自己紹介・学生へのメッセージ

大阪で生まれ育ち、京都とパリで学生時代を過ごしましたが、東京で暮らすのは今回が初めてです。白百合の緑豊かな落ち着いた環境の中で学生のみなさんとご一緒できることをとても嬉しく思っています。私は卒業論文のテーマにネルヴァルを選んで以来、修士論文、博士論文と同じ作家を読み続けてきました。作品数も少ない作家ですが、ネルヴァルという繊細な知性を繰り返し読むことで、19世紀という時代について、また文学と社会の関わりについて自分なりの理解が得られてきたように思います。今後はみなさんと一緒に作品を読み、19世紀の文学と社会について理解を深められることを楽しみにしています。

担当科目

■フランス語フランス文学科
1年フランス語総合IA、IIA
1年フランス語総合IB、IIB
フランス語圏文化概論I、II
フランス生活文化研究G
専門ゼミI、II
海外研修(フランス語圏)B

■大学院フランス語フランス文学専修
フランス文学研究A

担当科目の内容
◇専門ゼミ「19世紀パリ生活誌 — 文学・芸術作品と19世紀の衣食住:ゴーティエ『死霊の恋』と幻想文学」
 ロマンティック・バレエの主要作品『ジゼル』(1841年)をご覧になったことはあるでしょうか。王子が村娘ジゼルに出会って恋をする第一幕の陽気な賑わいと、第二幕、彼女の亡き後、月夜の森に精霊ウィリーたちが出現する幻想的な白いバレエとの対比が印象に残る傑作ですが、この台本を書いた一人が小ロマン派の代表格テオフィル・ゴーティエ(1811-1872)です。
 詩人、小説家、劇評家、美術批評家、旅行記作家など、多彩な顔を持つゴーティエは、多くの幻想文学の短編を残したことでも知られています。中でも「死霊の恋」(1836年)は『ジゼル』と同じく愛と死をテーマにし、ゴーティエならではの視覚的感覚が優れた幻想作品として多くの読者に愛されてきました。
 今年度の専門ゼミではその中でも『死霊の恋/化身』を取り上げ、幻想と芸術という点に着目し、19世紀フランスの文学と社会についての理解を深めたいと思います。前期は『死霊の恋/化身 ゴーティエ恋愛奇譚集』の作品およびゴーティエのバレエ作品を通して、みなさんにテクスト解釈の発表をしていただく形で進めていきます。後期には、19世紀フランスに関するテーマを自由に選び、学生の皆さんに発表をしていただきたいと思います。
 
◇大学院科目フランス文学研究A「文芸事象の歴史 — 19世紀フランスにおける大衆文化とメディア」
 今年度の授業では「文芸事象の歴史」という方法を用いて、19世紀フランスにおける大衆文化とメディアについて考察したいと思います。「文芸事象の歴史」というのは、文学および文芸事象(du littéraire)自体を一つの歴史事象として考える方法論です。19世紀フランスにおいて、文学がどのように生産され、流通し、読まれていたのか。書籍のみならず、新聞・雑誌・大衆的刊行物などのいかなるメディアが、どのように流通していたのか。そして社会の中で「文学」「大衆文化」はどのような位置を占めていたのか。こうした大衆文化とメディアの問題を、19世紀の新聞・雑誌などの資料、文学作品や芸術作品などを通して読み取りたいと思います。
 授業は講義や講読形式というよりも、共同研究という形で進めていく予定です。フランス国立図書館の電子図書部門Gallicaの利用方法や19世紀フランスの新聞・雑誌の閲覧方法など、基本的な調査方法をお伝えしますので、それをもとに19世紀に刊行されていた新聞・雑誌などのメディアについて調査し、または各自が選んだ文学作品における大衆文化の表象を分析し、発表をしていただきます。半期だけの授業ですが、19世紀フランスにおける大衆文化とメディアの問題が垣間見ることができればと思います。
 
業績
■著書
  • Nerval et les limbes de l’histoire, Lecture des Illuminés(『ネルヴァルと歴史の冥府—『幻視者たち』の読解』), préface de Jean-Nicolas Illouz, Genève, Droz, 2008.
  • 『白百合で学ぶフランス文学』(共著)、「19世紀、孤児たちの物語—ユゴーからヴェルレーヌまで」、弘学社、2011年、p. 51-73.
  • 『語学・文学研究の現在I』(共著)、「文学作品の独創性と借用—ネルヴァル『ニコラの告白』の場合」、弘学社、アウリオン叢書第9号、2011年、p. 95-108.
  • 『〈生表象〉の近代——自伝・フィクション・学知』(共著)、「自伝と過去の現前——レチフ・ド・ラ・ブルトンヌからネルヴァルへ」水声社、2015年、p. 94-110.
  • Comment la fiction fait histoire, Emprunts, échanges, croisements(『いかにフィクションが歴史を生むか——借用、交換、交差』、共著), Honoré Champion, 2015, p. 95-108.
  • 『芸術におけるリライト』、海老根龍介、辻川慶子編、「ネルヴァルにおける引用の詩学にむけて—フランス・ロマン主義におけるリライト」弘学社、2016年、p. 27-42.
  • 『GRIHL(グリール)—文学の使い方をめぐる日仏の対話』文芸事象の歴史研究会、野呂康他編、吉田書店、 2017年、p. 331-347, p. 357-362.
  • Gérard de Nerval, histoire et politique(『ジェラール・ド・ネルヴァル—歴史と政治』), éd. Gabrielle Chamarat-Malandain, Jean-Nicolas Illouz, Mireille Labouret, Bertrand Marchal, Henri Scepi, Gisèle Séginger, Classiques Garnier, 2018 ; « Histoire transcrite : Les Illuminés de Nerval ou la recomposition des scènes révolutionnaires » (「歴史と転写—ネルヴァル『幻視者たち』と革命の情景の再構成」), p. 231-243.
  • 篠田勝英、海老根龍介、辻川慶子編著『引用の文学史—フランス中世から二〇世紀文学におけるリライトの歴史』、水声社、2019年、「言葉と記憶—ネルヴァルにおける引用の詩学」(p. 181-198)、「リライトとパロディ」(ダニエル・サンシュ論考翻訳、p. 347-368).
  • Gabrielle Chamarat, Sylvain Ledda(éd.), Nerval écrivain, Hommage à Jacques Bony , Études nervaliennes et romantiques XV, Presses Universitaires de Namur, 2019 ; « Deux modèles autobiographiques? Le Drame de la vie et Mes Incscripcions de Restif de la Bretonne », p. 43-55).
  • 『フランス文学の楽しみかた—ウェルギリウスからル・クレジオまで』永井敦子・畠山達・黒岩卓編著、ミネルヴァ書房、2021年.
  • テオフィル・ゴーティエ(永田千奈訳)『死霊の恋/化身 ゴーティエ恋愛奇譚集』光文社、光文社古典新訳文庫、解説および年譜(辻川慶子)、2023年、p. 323-388.

■訳書
  • 『100語でわかるロマン主義』(ブリュノ・ヴィアール著、小倉孝誠との共訳)、白水社、2012年.
  • 『作家の聖別—1750年-1830年—近代フランスにおける世俗の精神的権力到来をめぐる試論』(ポール・ベニシュー著、片岡大右・原大地・古城毅との共訳)、水声社、2015年.
  • 『ネルヴァル伝』(クロード・ピショワ/ミシェル・ブリックス著、田口亜紀・畑浩一郎との共訳)水声社、2024年.

■主な論文
  • « Nerval, le temps à l’œuvre : politique et résistance dans l’Histoire de l’abbé de Bucquoy »(「ネルヴァル、時間の作用—『ビュコワ神父の物語』における政治と抵抗」), Revue d’Histoire littéraire de la France, PUF, 2008, no 3, p. 581-592.
  • « Nerval et le réalisme : des Confidences de Nicolas aux Nuits d’octobre »(「ネルヴァルとレアリスム—『ニコラの告白』から『十月の夜』へ」)『仏文研究』第39号(京都大学フランス語学フランス文学研究会)、2008年、p. 23-36.
  • 「ネルヴァル神秘主義再考—『幻視者たち』「ジャック・カゾット」における引用、歴史、断片の詩学」『フランス語フランス文学研究』第94号(日本フランス語フランス文学会)、2009年3月、p. 93-105.
  • 「フランス革命の断絶に抗して—ネルヴァル『幻視者たち』「カリオストロ」における政治と宗教」『フランス語フランス文学研究』第95号(日本フランス語フランス文学会)、2009年9月、p. 171-183.
  • 「ネルヴァルと歴史のエクリチュール—『塩密輸人たち—ビュコワ神父の物語』を中心に」『白百合女子大学紀要』第46号、2010年、p. 29-51.
  • 「ネルヴァル、廃墟と宗教—『幻視者たち』「クイントゥス・オークレール」」『Stella』第33号、2014年、p. 195-211.
  • « La“ parodie du sublime ”: Musset et le romantisme »(「「崇高のパロディ」——ミュッセとロマン主義」)『立教大学フランス文学』第45号、2016年、p. 143-152. 
  • « Nerval et Rétif de la Bretonne : généalogie, théâtralité et matériau onirique », Études rétiviennes, No 55, Revue de la Société Rétif de la Bretonne, 2023, p. 71-92.
  • 「公開講演会報告「レチフ・ド・ラ・ブルトンヌとロマン主義作家」(2023年2月18日開催)」『言語・文学研究論集』第24号、白百合女子大学言語・文学研究センター、2024年、p. 59-61.
経歴
京都大学大学院文学研究科博士課程単位認定満期退学、パリ第8大学文学博士。同志社大学非常勤講師、京都大学非常勤講師、白百合女子大学講師、准教授、EHESS(社会科学高等研究院)招聘教授を経て、2019年より現職。
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